012 うれしいたべもの

稲田俊輔 著『おいしいものでできている』を一気読みした。いまや界隈で大人気のイナダさんは、キタイッサカ住人のふしぎな縁故によりちょっとしたお知り合いである。同居人らとは昨今のご活躍につけ「俺たちのイナシュンがメジャーデビューしてしまった」とインディーバンドか地下アイドルの古参ファンみたいな気持ちを慰め合っている。


この本は今年の3月に出版され、直後に会う機会がありサインまでもらっていたのだけど、内容はなんというか、直接本人から聞いたり別の媒体で披露済みなエピソードが多そうだったので、しばらく棚にそっと積んでいた。ここ数日このブログがうまく書けないとTwitterで愚痴っていたらめずらしくイナダさんがいいねしてくれて、そういえば、とこの本を思い出し読み直したのだった。


本の内容は言わずもがな、芸人のすべらない話みたいなおもしろエピソード(お気に入りはキリハラくんの「ウルトラBUSU」)が小気味いいリズムで書かれ、おもしろさはもちろん文章の勉強にもなった(気がする)。どことなく文体にも影響がでているかもしれない(僕は見聞きした他人の口調や文体がすぐうつる体質である)。ともあれ一冊読み終えたころにはブログが書けないなんて悩みはわりとどうでもよくなり、あらためてイナダさんの影響力を思い返した。


僕は食にかんしてそこそこ自覚的な方の人間ではある。両親が元コックで、幼いころから家庭料理が世間より一周早いハイカラな内容だったりして、いわゆるグルメ的な味の判断基準をもっているようにも思う。その点で元来の僕はイナダさんが指摘するような「おいしくないものを食べたくない」タイプでもある。彼の熱弁を何度聞いてもその博愛的な姿勢へ転身はできないのだが、一方で彼が推す料理というかカテゴリーへの興味は高確率でヒットしつづけている。十八番のサイゼ活用術はもちろん、松屋やブロンコビリー(のみっちりしたハンバーグ)、最近はあんかけスパ(の炒めた太麺)もお気に入りで、イナダさんがいなければこれらの魅力を知ることはまずなかっただろう。どれもおいしいのだけど、おいしいからというよりその食べ物がたべられてうれしい、みたいな気持ちがある。おいしさレベルをランク付けするような吟味ではなく、自分を満足させるお気に入りの食べ物。そういう「うれしいもの」を増やしてくれる謎のおじさんというのが、僕にとってのイナダさんなのだ。